●「普通の教員」の哲学
自分では「普通」と思いつつも、実はそれが「少数派」であることを実感している教員の心のつぶやきをお届けします。
▼2003年5月20日掲載
(7)私が中学校教員を辞めた理由 その6

何が苦痛なのか?

  苦痛というものは、他者にはなかなか理解されないものです。肉体的な苦痛は、自分の体験に引き寄せられる程度には想像できても、精神的な苦痛については感性のレベルにおいて近いものがなければ、ほとんど理解不能でしょう。
  このコラムで書いていることは、私の個人的な内面の記録ですが、この内容が読み手にどのくらい理解されるかは自信がありません。しかし、中学校教員を辞めてから9年の間に、中学校の世界以外のさまざまな分野の人々の中に理解者がいることを感じてきました。
 このコラムを発信してみようと決断したのもそういう理解者との出会いがあったからなのです。

 管理職を目指さない中学校教員としての生き方を、さまざまに考えてはみたわけですが、中学校の世界に居続ける事そのものが「苦痛」になっていくのだということに行き着いたのです。
 私の、当時じわじわと感じ始めていた「苦痛」とは何か?私の、メモの最終節は、そのことを記録しています。

  メモ「何が問題なのか〜転機と判断する理由」より

  何が、苦痛なのか?
  
 私が何かの、誰かのために役立っている、私の活動や思いが、生きているという実感。
 その多くは、生徒や保護者からの「反響」から得られるが、私の場合、共に働く職場のスタッフ(同僚)からの「反響」(共感、評価)への期待も強い。チームワークへの思いがあり、同僚性を重視する傾向が人より強いようだ。周囲のことなど意に介さない「マイ・ペース」型とは、対極のところにいる。
 今は、まだいい。少なからずの共感やエールは得られている。しかし、そういう「反響」は、どんどん薄れていっている。    
 私が、大切にして、思いを込めて努力していることが、私個人の趣味的なことでしかないようなことになってきていること。日々の自分なりの仕事への向かい方と、どうみてもいいかげんであり無責任である仕事への向かい方とが同列に並べられ、「見方が狭い」とか、「すきだなあ」などと批評されることに、幻滅する。
 自分の生き方だけが正しいと思い込んでいるわけではないつもりだ。しかし、この伝わらなさはなんだ?と思うことが多くなった。
 「すきでやっているんだから」やらせておけばいいという雰囲気。気が付けば、私は、さまざまなことに利用しやすい存在だ。生徒にも、同僚にも使われ消耗していると感じることが多くなってきた。使われること自体が嫌なのではない。使われた後に、何も残っていかないような、まさに使い捨てられていくようなことがとても多くなってきたのだ。
 影の仕事、いわゆる「シャドーワーク」。それは、表には決して出ないゆえに、そこで形づくられる信頼や絆、そして、そのことの実感があってこそ報われるのである。しかし、そういう実感が、持てなくなってきた。ことが終われば、忘れられていくのである。まさに、影に消えていくだけの仕事。その虚しさは、大きい。
 大切にしたいことについて、この仕事の本質にかかわる意味のあることとして理解、共感し合い、そのことを直接伝え合える同僚は、本当に少数だ。私は、決して個人的な趣味でこの仕事をしているのではないぞ!そう感じることが増えてきて、徒労感がどんどん拡大している。それが、本当に「苦痛」になってきている。
 こんなふうに憤慨している私が、「狭い」のか?こだわりすぎなのか?
 私が、小さいのかもしれない、異質なのかもしれない、おとなでないのかもしれない、と感じさせられる日々が、「苦痛」になってきている。
 本やその他の情報を収集し、教育や現代社会について深く考え、仕事へ反映させようとすること、そういうことを同僚と語り合いたいと願うことは、「まじめすぎる」、「力が入りすぎている」ことなのだろうか?
 混沌とした状況の中で、何かを変える、または、変えないために、できることをしたいとこだわることは、「自己満足」でしかないのだろうか? 
 「私の世界」を確立するというようなことではなく、教育にかかわる仕事をすることにこだわり、少なくても同じ学校に勤める者が
 チームワークにより、一人ではできないことの実現を目指すというのは、「思い込みすぎの堅苦しいこと」なのだろうか?

 自分が、自分らしくしようとすることを、いつも疑っているようなことになっていることが、「苦痛」だ。
 このままでいくと、まちがいなく、自分は擦り切れていく。平和な学校にいるのに、こうやって煮詰まっていく私は、いつか心を病むだろう。将来、必ずやってくるさらに大きな「苦痛」を避けること。心病む前に、決断しよう。  (つづく)

                     「教育情報新聞」編集委員 藤掛紳一

過去の掲載
私が中学校教員を辞めた理由 その5 2003年 3月10日掲載
私が中学校教員を辞めた理由 その4 2003年 2月20日掲載
私が中学校教員を辞めた理由 その3 2003年 1月30日掲載
私が中学校教員を辞めた理由 その2 2003年 1月15日掲載
私が中学校教員を辞めた理由 その1 2002年12月25日掲載
「ほんとうのこと」を話したい   2002年12月10日掲載
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