●いのちの道
聖なる「老子」の5000文字。読む人によって、そのイメージを変える不思議なメッセージが込められた書です。何が私たちを生かしているのか。私たちの生命に法則的に働きかけるもの−。それを「老子」は「道」と呼び、現代の私たちにメッセージを送ります。作者:丸山瑛示 「いのちの道」より
▼2005年10月23日掲載
絶えないもの

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人は誰しも、その絶えざるいのちを内に抱いて生きている。
「いのちの道」は、けっして絶えないのさ。
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 山があって、山と山のあいだには谷がある。
 谷には山に降った雨が集まり、雨は谷川となってやがて平地を潤し、そこに生きるすべてのいのちあるものたちを養う。このように、自然によっていのちが永らえる仕組みは絶えることがないんだよ。
 それが天地自然のありのままの姿なんだ。
 そしてこの営みはいつまでも続き、命が絶えてしまうことはない。今、人は誰しも、その絶えざるいのちを内に抱いて生きている。「いのちの道」は、けっして絶えないのさ。
 かつて人類は大陸にあった、穏やかな内海に生きていた。長い時をこの海辺に生きたんだ。そこで人は猿人の毛を脱ぎ、そして海辺を立って歩くようになっていった。
 貝を食べた口には貝の色素が鮮やかにつき、唇に色をつけていることが生きていることの証だった。そして貝を採ることが生きることそのものとなって、貝はのちにお金となったんだよ。
 そうして海辺でのことは人のいのちに記憶として刻まれ、その貝を堅く守ることから「賢」の観念がつくられ、そして賢者は今に至る経済をつくり出した。
 しかし賢ばかりをことさらに貴んでばかりでは、社会は混乱して悲惨な結果となるだろうね。「いのちの道」は絶えないけれど、人と人の作り物が絶えないとはいえないよ。
 天地も「聖人」も、人の世界の「仁」には無関係さ。でも、その働きは苗のようにいろいろな音を奏でて、動きを止めることはないんだよ。

過去の掲載
天地自然 2005年 8月 6日掲載
空っぽの器 2005年 2月26 日掲載
空の星 2004年12月11日掲載
美しいもの 2004年 9月20日掲載
2004年6月6日掲載
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