老いの手習いで水彩画の勉強を始めた。講師は実に見事に各人の技量に相応した手ほどきを進める。
塾生の創作の進み具合を見はからって絵の具の混色重ね塗り、絵の具の量や濃淡、ぼかし等々について説明しながら範示する。塾生は講師の範示指導が始まると作業をやめて講師の周りに集まり、熱心に講師の手元、穂先の動き、色の選び方や混ぜ具合の一つ一つに注意を集めて学ぶ。そして講師の手ほどきを「まねて」「学び」を深めるのである。講師の一筆一色が加わると作品がにわかに生きかえり輝き映えるから不思議だ。
こうして塾生の学びの楽しさが増幅される。それは、成就感と言うよりも、「そうか、こうすればよいのか、成る程」といった納得で得た「小さな開眼」の喜びである。
私は講師のこの指導から一人の女の子(M子)を青虫から蝶に変えた昔の担任の先生を思い出した。
M子はクラスでは無視され勝ちな子だった。そのM子の綴り方作品が二学期に初めて取り上げられた。それは修学旅行の積立てのお金のことでM子の両親が夫婦喧嘩をした様子が生々しく綴られていた。M子の辛い気持ちが伝わってくるような作品だった。当時は生活綴り方の全盛時代で、先生は豊田正子の作品を毎時間取り上げた。M子は「おれの家と同じだ」と豊田正子の作品をまねて書いたという。まさに「まねる学び」をM子なりにやったのである。しかし先生は「生活の臭いがする作品」として絶讃した。M子は綴り方の時間はクラスのスターになった。「すげえなあ」と誰しもが思った。M子は六年生になると、他の教科でも積極的な学びの子に変わった。青虫は輝く蝶に変わって六年生を卒業した。
M子の変貌は六十年も昔のことだが、私の脳裡には鮮やかな記念の出来事として今に生き続けている。
子どもは十の峠(十歳)で発達段階の特性の爆発を起こす。五・六年生になると急に知的好奇心が旺盛になり、論理的な思考の上達と共に大人社会への歩みが始まる。故に知的好奇心を意図的に取り上げる学習活動を通して知性を磨く配慮が必要だ。これに先立つ低・中学年では行動的な活力、冒険的な好奇心、旺盛な模倣欲を生かした活動と事々に感動する柔らかい情感を伸ばす情操の育みを意図した教育が必要になる。
子ども達の自主性、主体性の発揮は大切だが、これのみを強調しすぎると子どもの論理より大人の理論が優先して子どもの「まねる学び」が忘れ去られる。
子どもの発達段階の特性を十分に配慮した先生の手ほどきがないと、心の育みや生きる力の育ちは身に付かないのではないかと思えてならない。(昭) |