●新しい学習の創造
現在試行中の『総合的な学習の時間』の学習をどう組み立てるか。中学校での『総合』の進め方を現職中学校長が自校での取り組みを中心に紹介。
▼2001年8月21日掲載
「今年度を振り返って」
 移行措置期間の今年度の「総合的な学習の時間」は、ほぼ目的を果たした。

@遊びや息抜きの「活動」の時間にはならなかった。先生達は生徒に課題を与えた。生徒はいろいろな方法で調べた。(調べる方法も学ばなければならない)

A今まで知らなかった事が先生の課題に沢山あった。「原子力発電」「食品添加物」「遺伝子組み替え食品」「地球環境」「世界の姓名」「外国の人の考え方」「福祉の問題点と今後の方策」「性」「薬物」等々。生徒はただいろいろな事を知るだけではなく、中学校の学習がそのような問題を解決するために必要なのだということが理解できたようだ。

Bコンピュータやインターネットの活用ができたこと。生徒はダウンロードしたデータをもとに、自分の考えを組み立てていく学習ができるようになった。本やテレビ番組も加えて、より良質なデータを得ることができるようになった。

C沢山の人に会えた。学校に訪問者が増え、皆さんとお話ができた。本校の「総合的な学習の時間」の考え方を見たり聞いたりしてもらい、意見を頂いた。自信を持つことができた。

 江崎玲於奈さんに『creativeな教育をしている。』と言われた。大変な人の言葉だけに、以後その事を考え続けている。

 create「人知、人力などが独創的なものを作り出す」。独創的な仕事をする時(やりたい事をするなら)全部自分でしなければならない。しかし自分の好きな事をするのなら、ごく普通の事をしているのだと感じるだろう。ストレスはない。自由で、これが楽しいと感じたらcreativeではないか。「先送り」するとは、面倒な事は自分でやらない、責任をとらず、時間ばかりかかり、変化に対応できない状態である。creativeの逆である。

 世間が変わっていく時代には、独創的な教育が求められる。独創的な教育を受ける生徒は『楽しい』と感じているだろう。本当は教師も楽しいはずである。独創したものは提示すべきである。教育の場では、誰かが努力して創り出したものは多くの教師が知ると良い。各教師はその上に自分の工夫を重ねていけば良いのである。工夫の量も質も多ければ学校の「創意工夫」が良くされているといえるのではないかと思う。

 校長に対する指導で『学校は組織体である。校長のリーダーシップの許に学校全体で取り組め。』と言われる。新しい教育を行う時、これは無理な注文である。「創意工夫」は考える事から始まる。では考えるのは誰だろう。校長一人が考えると先生達は「言う事を聞く」だけになる。ある一人の意見で学校全体の教育方針を決める事はできない。昔そういう「ボス」の先生がいた。大体そういう学校は暗かった。学校は組織的に全体で取り組まなければならないものだろうか。

 活気に満ちた学校がある。先生達は自分の方針を持って、一人一人が様々な教育をしている。真似し合い、自分流の工夫を上乗せしている。そういう事を誰も嫌がらない。生徒は満足しているからよく努力するし人間関係も良い。

 1年間多くの方々に応援を頂きました。お礼と拙文続きのお詫びをします。
過去の掲載
「1年のまとめとして」 (2001年8月1日掲載)
「本校の実践から」 (2001年7月6日掲載)
「続・調べ学習」 (2001年6月19日掲載)
「調べ学習」 (2001年6月7日掲載)
「『総合的な学習』の例として(本校の発表から)」 (2001年5月21日掲載)
「本校の研究発表会・続き」 (2001年5月7日掲載)
「本校の研究発表会」 (2001年4月11日掲載)
「筑波大附属中の「総合」」 (2001年3月13日掲載)
「ウィルス浸入事件の顛末」 (2001年2月5日掲載)
「総合的な学習の意味」 (2000年12月20日掲載)
「ミュージアム教育」 (2000年11月27日掲載)
「総合的な学習を始める」 (2000年10月30日掲載)
「総合的な学習の全体計画」 (2000年9月22日掲載)
「TIMSSから考える」 (2000年9月5日掲載)
「総合的な学習はいつ創られたか」 (2000年8月25日掲載)
クロスカリキュラムと出会う埼玉県蕨市立第二中学校校長 山本 格 (2000年8月9日掲載)
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